Vol.1|澤田充氏
Vol.2|喜多俊之氏

街づくりや街ブランディングを業務とする株式会社ケイオス代表:澤田充氏

船場は暮らす街としてのDNAが息づいている

三休橋筋が位置する船場は、かつて日本の経済活動の一役を担い、旦那衆は職住近接といわれる一つの屋根の下で商売を営み、暮らしていました。大正時代になると、田園地に住むことがステータスになり多くの旦那は芦屋、箕面、宝塚、帝塚山などへ。さらに高度成長期に入り、これまでの仕事のスペースが手狭になり家をビルディングに建てなおしたり、郊外へ住居を移す人が増えつづけたり、船場エリアの人口は減少。三休橋エリアはオフィス街に変わりました。それが2000年前後に、梅田や難波にはないこのエリアに息づく文化や歴史が見直されるようになり、またタワーマンションを含むマンションが相次いで建ちはじめたことで、人口の回帰が進みはじめたのです。最近は、犬の散歩やスケッチを楽しみ、近代建築を見ようと街歩きする人たちの姿をよく見かけるようになりました。このようにオフィス街でありながら、住みやすい街として人気を集めているのは、古き良き時代、商人をはじめ多くの人が暮らしていたDNAが息づいているから。住まう街として形成されていた、都市の記憶なのかも知れませんね。

誇りや愛着を持って暮らせる大人の街、三休橋エリア

現在三休橋筋沿いは、街路樹やガス燈が設けられ美しい街並みを形成しています。歩道も広くなり、電線の地中化も行われました。感度の高い大人を楽しませてくれるカフェやレストラン、ショッピングスポットなどが生まれ、スーパーなどの生活利便施設も点在。昔から暮らし続ける人たちによって育まれてきた、コミュニティも息づき住み暮らす街としての魅力を備えています。私は自分が暮らす街に対して、現在、世界の多くの都市で注目されている「シビックプライド」を大切にしています。シビックプライドは都市に対する誇りや愛着を意味しますが、文化が息づき、日本でも稀有な歴史的背景を持った三休橋エリアこそ、それに耐えうる数少ない街だと思っています。きっと文化度の高い人々にとって満足できる街であり、暮らすほどに愛着が生まれると思いますよ。
現地周辺
株式会社ケイオス代表
澤田 充氏|Sawada Mitsuru
街づくりや街ブランディングを業務とする株式会社ケイオス代表。
マーケティングに基づいたコンセプトづくり、戦略立案、実施運営を一貫して行う。
生活者の視点を常に大切にした、「くらす」人のための場としての街づくりを実践している。
ハードをつくるのではなく、ソフトもあわせた開発。単に効率を重視しただけの一過性のものではない、過去から現在、そして未来に伝えていく開発を目指している。

都市再生に関するアドバイザー、街づくり、社会動向・マーケット、食文化、ファッション業界、コミュニティなどの分野に関する連載コラム執筆、地方自治体や民間企業での講演、ラジオのコメンテーターとしての活動も多い。また、テレビ東京「ガイヤの夜明け」、MHKほか民放の特集等で取り上げられるなど、テレビ・ラジオ・雑誌・新聞で幅広く活躍している。

株式会社 喜多俊之デザイン研究所 喜多 俊之氏

古き良き時代の三休橋筋を彷彿とさせるガス灯のあかり。

三休橋筋は、大阪市中央公会堂前の栴檀木橋から長堀通まで約2km。周辺には、紡績や薬など多くの問屋や、金融業が繁栄した大大阪時代を偲ばせる近代西洋建築や旧家が残り、華やかだった時代を今に伝えています。このエリアは2004年、大阪市建設局による「プロムナード整備事業」に指定されました。これを機に、魅力を発信して街づくりを進めようと地域の人たちによる組織も立ち上がり、さまざまな活動が始まりました。翌年、私が代表理事を務める三休橋筋商業協同組合は、三休橋筋沿いに大大阪時代のイメージを表現するガス灯の設置を企画。私はそのデザインを手掛けることになりました。デザインは、レトロでモダンな街並みに溶け込み、古き良き時代を彷彿(ほうふつ)とさせるシンボルになるように、1929年に建設された水晶橋の街灯からイメージして創りました。現在、三休橋筋沿いには55基のガス灯が設置され、日が暮れるとほのかな灯りが街並みを包み込み、ノスタルジックな雰囲気を醸し出しています。

帰ってきたらほっとする。都心にありながら、喧騒を離れて暮らせる街。

私は大川沿いに「喜多俊之デザイン研究所」を構えていますが、窓の向こうに広がる近代西洋建築を眺めていると、大大阪時代にこの地で栄光を手にした人々の心意気を感じることができます。それはかつての先人たちがそうしたように、それぞれの分野で活躍の人々が日本一を目指し、この地に集まってきているからではないでしょうか。また、おいしいと評判のレストランが多く、90年以上の歴史を誇る日本料理店やミシュランガイドに選ばれた飲食店から、フレンチテイストの焼き鳥が味わえる店やご夫婦で営む素朴なお好み焼き店まで多彩に揃います。ふと立ち寄りたくなるカフェや感性を刺激するショッピングスポットも増えました。それでも繁華街の賑わいとはひと味違う豊かさが息づき、その魅力を知れば知るほど街への愛着が深まります。私は仕事のため、頻繁に東京やイタリアに出張しますが、この街に帰ってきたらほっとするんですよ。きっと都心にありながら、喧騒を離れて暮らせる街なんだと思います。
株式会社 喜多俊之デザイン研究所
喜多 俊之氏|Kita Toshiyuki
1969年よりイタリアと日本でデザインの制作活動を始め、家具、家電、ロボット、家庭日用品に至るまでのデザインで、多くのヒット製品を生む。作品の多くがニューヨーク近代美術館、パリのポンピドーセンターなど世界のミュージアムにコレクションされている。シンガポール、タイ、中国など、デザイン活性化の政府顧問を務めた。近年は、日本だけでなく、ヨーロッパ、アジアなどで、セミナーやワークショップを開く等、教育活動にも力を入れている。大阪芸術大学教授。1990年、スペイン「デルタ・デ・オロ賞(金賞)」受賞。2011年、イタリア「ADI黄金コンパス賞(国際功労賞)」受賞。2016年に、イタリア「第24回ADI黄金コンパス賞」の国際審査員を務める。著書:「デザインの力」、「地場産業+デザイン」、「デザインの探険」などがある。
※掲載の写真は2016年9月に現地周辺にて撮影されたものです。
※掲載の情報は2016年11月現在のものです。